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@halcocoh

イラストや漫画の感想などを徒然と

『桃太郎』

いやあ、作業するにも手袋が必要な季節になってきました。どういうわけか手汗がひどい。指の股の所だの手のひらだのから手汗が噴き出てくるからなんかちょっとやる気を削がれる。手袋が便利な季節になってきましたねー。

 

 

 

今日は一次創作の桃太郎描いてました。うん、うちの子可愛い。

自分のキャラクターはおしなべてかわいい。桃太郎なんか特に中学の頃から描いてるからもう10年選手なんじゃない。他に古いキャラクターっていったら『東京魔窟伝』の一行とか。連中が最古参、初めて描いた「オリキャラ」だし初めて漫画描いたのもあいつらだし。新しいストーリーをあげたけど、逆にボツにしたプロットから、今からならどういう物語が生まれるのか試してみたいところもあるよね。まあ昔っから国盗り物語が好きだったからそういう話になることは必至だけど。

 

今日見た記事でいくと、私は舞台設定を考えるのは多分めちゃめちゃ早いと思う。二、三キャラ並べてそいつらの関係性とか世界背景とか考えるのはつるつると出てくる。でもそれを起承転結のあるお話にしようと思うとすごく時間がかかって、さらにそれを作品という形にしようとすると後回し後回しにして締切りならぬ「死めきり」に殺されるパターンに陥る(テスト前とかそうだったなあ(遠い目

起承転、まではすっと出てくるんだけど、転を結まで転がし倒すあと一歩が出てこない。今日描いた桃太郎なんか良い例だよね、もう三ヶ月も結末ほったらかしだもの(遠い目(二回目

 

どんなかたちであれ物語には決着を付けないといかんなあと思う。何事も80%で投げ出すの良くない癖だ。それ以上は考えたくない!って思っちゃうの良くない。

うん、タスクあと一件、そうしたら新たにタスク設定して、桃太郎も書き上げような。

 

必要なのか必要じゃないのかとか、考えちゃいけない。だってプロじゃないもの。アマだからこそ、この物語を書くことは必要なのかとか考えないで、思うがままに書けば良いんだ。(というかそういう思考回路でいかないと私がつぶれる(

勢い!勢い!創作は思いついたが吉日だから、どんどこどんどこ形にしていこうな!

版権vsオリジナル

以前の記事でも言ったけど、一ヶ月ばかし描いてたツイッタータグ版権シリーズ、ようやくやっつけた!すげぇやりきった感。いやそんな枚数描いてないし時間かかったの最後の方で息切れしたからなんだけど。

 

 

どこかでも言ったかな、私、版権はなるべく「寄せて」描くようにしてる。本物の素晴らしさを出来るだけ漏らさずに伝えたいっていうのもあるけど、「自分が描けない絵柄を描けるようにするのが楽しい」っていうのも大きい。

版権を寄せる「コツ」は、目鼻立ちと輪郭だ。あとあるとしてもせいぜい線の引き方が独特だとか、髪の描き方が独特だとか、頭身がいかれてるとか、プラス1個くらい帰れば、かなり「寄る」。

 

目鼻立ち、これはもうそのまま、目と鼻の描き方で、ほんとにすっごい観察して寄せるしかない。 顔面のうちどれくらいの割合を目が占めてるのか、その中でも黒目の大きさはどうか、どういうまつげの描き方してるのか、彫りは深いのか浅いのか、鼻はぺちゃんこなのかワシっぽいのか、鼻の稜線は描くのかどうか、鼻の穴はどうなのか、小鼻は。なんかそういうことをめっちゃ観察して、自分の手持ちの技術をたわめて歪めて矯めて、出す。めっちゃ難しい、けど、ココが決まればほとんど試合に勝ったも同然。

輪郭は目鼻立ちを引き立たせるものであり、その絵の「顔」を作るもの。ほっぺたの膨らみ方とあご骨・頬骨・おでこの描き方意識するとかなり変わると思う。自分の絵柄じゃない輪郭を描こうと思うと最初はめちゃくちゃ難しいけど、パターンがある程度自分の中にストックされると、自分の手持ちの一歩外くらいなら結構すんなり落とし込めるようになる。輪郭が変えられるようになるとかなり表現の幅が広がるから楽しいのなんの。顔面の輪郭描く時が一番楽しいかもしれない笑

あとは、髪の毛の描き方をちょっと似せて描くだけで、かなり本物に「寄る」気がする。私はそうして意識してるけど。(実際に寄ってるかどうかはわかりませんけど…

 

自分の絵柄で版権絵、の時は、カラーに逃げる。前に聞いたことがある、カラーの情報量はすごくて、多少の線画の狂いなんていうのはカラーで補って余りあるって。だからこそカラー絵を描く時はモノクロにしてみてつまらなく見えたらそれはつまらない絵と思って良い、みたいな話だった、ようなじゃなかったような。でも趣旨はそんな感じ。

絵柄を寄せない=キャラの持つ「記号」の再現度で「そのキャラだ」と認識してもらえるかどうかが決まる気がする。たとえば二次創作やってる人の絵柄が必ずしも本家と似ていなくても、「そのキャラにしか見えない」っていうのは、キャラデザの特徴を余すところなく自分の絵柄で記号として再現出来てるからなんじゃないかな。

私は自分が知らない版権を無理矢理描くっていうのをよくやるんだけど、この「記号化」が不十分なことが多いから、補佐としてカラーを使わざるを得ないんだよね。うーん、モノクロで出来るようになったらすげぇ良いなと思って最近グレースケール絵ばっかり描いてるからカラーも描けるようにならなければならない。ぐぬぅ。

 

私がモノクロ絵が好きな理由は単純で、自分が漫画贔屓だから。それだけかな。トーンの濃度から色味を想像するのが面白いし、モノクロ絵描きまくってモノクロで色味を想像する楽しみを思い出したから、まだまだモノクロ絵描くと思う。

特に読み込んだ漫画が『パタリロ!』で、ありゃもうトーンどころかカケアミや効果線だけで色を表現してるからどっひぇ~ってなる。私の大の苦手のベタも完璧で、なんで黒ベタだけでそのおしゃれさが出るかなっていっつも思うからね。

モノクロだけじゃなくて、トーンの使い方も覚えたいしカケアミもちゃんと描けるようになりたいね。やっぱグレスケでべたっと塗っただけだと味気ない。個人的にはトーン化してないとなんか「灰色」に見えないんだよなHAHAHA

 

Pixivリンクの表紙にもなってるのはいっつも言及してる『昴』ね!今日もフルシリーズで通し読みしてしまった。その中の好きなセリフ。

「バレエやってると、足の甲が伸びてないとか、手の位置が1センチずれてるとか、無茶な要求ばっかりで、気が狂いそうになるよ。でもその1センチや1ミリの、針の穴を通すような踊りが出来た時、自分の体に電流が走るような感覚を覚えることがあるの。バレエって楽しいね。」

版権絵を、特に寄せて描く時、あたしゃいっつもこんな気分!前にも記事に書いたけど、以前できなかったその1ミリ1ピクセルのラインが、今日は引けた。その感覚たるや。スバルじゃないけど、「イッちゃいそう」。笑 版権だと特にその1ミリ1ピクセルが大事だから、辛いし苦しいし、楽しい。

 

ツイッターでいいこと言ってた人いたな、「オリジナリティっていうのは、膨大な量の他人の作品を真似に真似て、その激流が流れた後の川床をさらって初めて見つかる金の粒だよ」みたいな。川をさらう、金の粒、って表現は言い得て妙だと思った。

そしてそのレスポンスとして「手塚治虫(だったかな?)が言ってた『でもオレは長編描いてる時とかは自分より上手いヤツの漫画は読まないかな、ヘコむから。』っていうのも好きだよ」っていうのも好きだよ。うん。

何枚も何枚も版権描いて、オリジナル描こうとすると、違和感が半端ないのね!歪めて矯めて動かしてた腕が、「自分の絵」の線の引き方は確かに覚えてるはずなのに、その通りには動いてくれないの。バランスの掛かり方が明らかに奇妙しい。違和感パない。でも、あれ?おかしいな?!って思いながら描いてると、何でか分からないけど、魔法のように、それまで描けなかったポーズが、表情が、スッと画面上に現れてくる!毎度毎度ほんっとに驚く。

 

なんか何言ってんのかよくわかんなくなってきたけど、とにかく版権描く時は妥協しない。寄ってない時は体力と気力が限界を迎えた時。そういうときは全部消す()そうして模写して培ったものを、一切合切忘却の彼方にぽぽいのぽいしてオリジナル描く、そうすると思いがけないモノがポンと生まれる。その瞬間のためにまた、クロッキーだのスケッチだの模写だのなんだの量産する。頭の中のイメージを出来るだけそのまま、出来るならそのまま以上の形でカンバスに起こすために。

延々終わんない。果てしない。よくわかんない。難しすぎる。一枚の絵を描くだけでいっぱいいっぱいだ。メシの種にもならないのによくやってると思うよほんと。なんの役にも立たないのによくやってるよ。自分の満足のためだけにやってるんだもんな、恐ろしいわ。

 

ハマってんだろうな。昔から、出来ないことを「モノにする」ことには躍起になる厄介者だから。出来ないことに悪戦苦闘することほど、自分が初心者であることを突き付けられることほど快感な事も無い。(変態だー!

 

 

前も載せた絵を性懲りも無く再掲する。気にしな~い、そのためのブログだもんっ()

オリジナルは版権やったあとに「誰だお前は」ってなるのが楽しい。作品を気にしなくて良いからね(テヘペロ

 

よくわからん、よくわからんから寝る。明日が仕事だなんて信じない。そんなの知らない()もう朝だ。おやすみ。

イケメンと美形とハンサムと

ツイッターで流行ってる「#イケメンと美形とハンサムの描きわけ」っていうお題で一枚。

 

  

美形はともかく、イケメンとハンサムの違いが分からなくてな!一週間ぐらい「うちの子だったらどいつがイケメンになるんだろう~~~」って悩んでました。悩みすぎや。

結論としては、「イケメンは現代っぽいチャラい子か、顔立ちは並でも中身がイケメン」「ハンサムは年取ったらダンディなおじさまになりそうな感じ」っていう判断基準で決めました。尚耀とか「よく見たらイケメン」っていう設定はあったけど、ぱっと見でイケメンかどうか微妙だから「好みの顔」にするかまよった~

 

タグ遡りで他の方の見てみても、美形はみなさん美形らしい美形を描かれてるんだけど、イケメンをチャラくするかハンサムをチャラくするかが結構分かれているような。チャラいというより「遊び慣れしてそうかどうか」みたいな?

個人的には「イケメン」の方が雄々しくて、「ハンサム」の方がスマートに聞こえるんだけど、みなさんどうなのかな?(漫画とかで「イケメン…抱いて…!トゥンク」ってなってるシーンって大体猛々しいシーンが多いような気がするというか。)

しかしハンサムって言葉、良いですね、そこはかとなくダンディズムも漂わせつつ、英語とかだと女性に対してもハンサムと言うことが出来る訳で、なんかとってもおいしい言葉と再会した気がします。とてもよい。

 

女性版とか美少年版とか、気が向いたら遊んでみたい題目だなっと思いました。(「美形」はたいていワンレンだろうから乞うご期待笑)面白いタグを作ってくれた方に感謝。

 

ペン入れの様子はこちら↓。

 

 

それではまた。 

創作ネタバレ未来編

いやぁ~アレルギー検査の結果を見てきたら、スギ・ヒノキの樹木花粉とオオアワガエリ・カモガヤの植物花粉のアレルギーがあったみたいです~両方合わせると花粉飛散時期は2月~10月ですって!季節性で良かった~^^

 

 

……

 

うぉぉおおおおおおいちょっと待てちょっと待て一年の半分は花粉で鼻炎?!秋から冬は普通に風邪引くパターン?!!やめろぉおおおやめろぉおおおおおおおお

 

………と、いうわけで(どういうわけで?)、とりあえず花粉に気をつけてればあんまりしんどくなさそうな感じがしてきたのでこのやるせなさを創作にぶつけたいと思います。創作ネタバレ未来編です。おさらいは此方↓

 

halcocoh.hatenadiary.jp

  

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ハルコ創作において、「魔法」はパラレルワールドに住んでる「神様」や「仏様」、「悪魔」や「妖怪」(以後まとめて「カミ」と呼びます)が、我々の世界にやってきたとき「カミ」の周りにまとわりついてる「異世界」の世界法則によって引き起こされるものでありました。

またその「異世界の自然法則」は「カミ」が自分たちの世界に帰った後も残留物として我々の世界に漂い、それをかき集めることで平常なら「魔法」を使えない我々人間も一時的に「魔法」を使うことができるようになりました。

ハルコ創作時間軸の古代においては、「カミ」は比較的人間の世界に頻繁に出入りをし、人間も魔法に触れる機会が多かったようですが、現代に近付くにつれ「カミ」は我々の世界から遠ざかり、失われていく魔法に変わって「科学」がその穴を埋めていくようになり、私たちが現在住んでいるような世界になっているというわけです。

 

(ちなみに人が魔法や仙術を使うときに杖や式札、究極的には己の肉体そのものといったなんらかの「媒介物」を必要とするのは、魔法を使うためには「カミ」の世界の残留物をその辺の大気や植物や大地などからかき集め、「媒介物」に溜め込んでから外に放出するというなんともめんどくさいプロセスを踏む必要があるからです。

(杖やお札や魔法使いの肉体は、イメージ的には避雷針のような存在です。避雷針は大気中に溜まった莫大な量の静電気である「雷」を「引きつける」ものですよね。ハルコ創作で「魔法を使う」といった時はそんな感じのイメージを抱いて頂ければと思います。ああ、このキャラは肉体が避雷針なのね、と…。(ファンタジー創作やってるくせしてあんまり「魔法使い」ってキャラがいないのはそういう理由があるのかもないのかも()))

 

さあ、前振りが長くなりました。いよいよ未来編です。未来編ではもはや魔法とか平行世界とか出てきません。現代編でちょろちょろ出てきた、「魔法のような科学を!」つまりSFの領分です。話はここで終わりです。

…にすると初出の作品がかわいそうなのでちょろっと話をしておきます。

(キャラ自体はちまちま顔を出してるんだけど全く世界観に触れてないのでノーカンな感がある…ごめんな…ごめんな…)

 

現代に一番近いお話は、『マッドサイエンティスト ジン=ジーニアス』です。これは近未来、2017年の現在から2~30年の間を想定しています。『ジン=ジーニアス』はとにかくジンの奇妙奇天烈摩訶不思議な発明品が次から次にトラブルを呼んでてんやわんやするお話なので、「魔法」という観点から見たときに特記することはないでしょう。

一応前の世界大戦で秘密裏に開発されてた技術にジンが関わってるっていうお話もあるのでジンお前いったい何歳なんだと思いつつ、まあビッグバンの研究してて失敗したら暗黒物質ができちゃったくらいの訳わからん存在なので不老不死の薬くらい量産してるだろうというそういう感じですね、ギャグ漫画だからそこんとこ気にしたら終わりです。ジン自体が魔法みたいな存在ですけどれっきとした人間なので恐ろしい限りです。

 

という感じでジンがでたらめに造り出した技術が後世に広まって、ジンの時代から200年後くらいかなあ、大宇宙航海&開拓時代が始まります。この頃には民間企業もばんばん宇宙船を飛ばして、遙か彼方の星雲までたどり着いちゃうほどになります。

そうすると、皆さんお察しの通り(?)第三次世界大☆百年戦争が勃発するわけですね。イ●ラム国とア●ニマスとシーシ●パードを足して×10したみたいな過激派が台頭してきて、どこぞの喧嘩っ早い国の内部にも潜り込んで、「人間なんて吹っ飛べー」と核のボタンを「ポチッとな」しちゃいます。

地上はもちろん死の世界と化します。人間は何十年も続く大戦中に建造されたいくつかのシェルターの中に隠れ住みますが、膨れ上がった人口が全部収まるはずがありません。そこで、みんな生まれた星を捨て宇宙へと逃げ出す羽目になるわけです。科学と人間の増長が合体するとおっそろしいですねー。

 

この「シェルター」の一つを舞台にしたのが『殺し屋ドンキー(仮)』。『アケミ』と同じくタイトル決めてない系のフワッとした創作の一つで、読み切り一本のお話です(描け(描けない(描け(泣

主人公のドンキーは貧乏暮らし・ヒモ体質の、荒んだ街のムードメーカー的なドンファンもどき、という設定です。宇宙に飛んでくだけのお金もないしどうしよっかなとその日暮らしのある日、突如現れたのが黒ずくめの男達。この死の大地から逃がしてやるという条件の代わりに依頼されたのは、ある少女の暗殺でした。

ドンファンを名乗ってる以上女の子に手は出せないと拒否るドンキーですが、よくよく(力尽くで)話を聞かされたところによると、その少女は人びとの生命線であるところの「シェルター」のマザーコンピューターなんだそう。ただし、自分がコンピュータプログラミングで動く存在だとは知らない、人間だと思い込んでいるコンピューター。

均一で画一的な世界は人びとの健康に良くない、と、化学者が自然のランダム指数を人間の感情になぞらえて、限りなく人に似せたヒューマノイドの脳波によって、限りなく「元々の地球」に近い環境をシェルター内に作り出していたのです。しかしその「ヒューマノイドの感情」が人びとの脱出の足かせになろうとは開発者達も思っていませんでした。

もし人びとが「シェルター」つまり「自分」を捨てて逃げ出しているとマザーコンピューターが気付いたら、激高してどんな大災害が起こるかわからない。そこで、人びとが全て逃げ出す間、「少女」のご機嫌を取ること、そして最後の船つまりドンキーや責任者達が乗る船が飛び立つ時に「少女」の機能を停止すること(信頼している人間しかON/OFFスイッチには近づけない)がドンキーのミッションだったのです。

(結局少女は人びとが自分を捨てていることを知っていて、自分の運命も受け入れていて、ドンキーはその少女に肩入れして崩壊しゆく世界にただ一人、少女と共に残ることを決断します。その辺をちょろっと漫画にしたことがあったんだけど覚えている人が居たら貴方は神です)

 

さて、人類がそんな歴史をたどった地球を離れて1万年、宇宙に散り散りに分かれていった人間は相変わらず人間の形のままで、細々と近くの惑星と連絡を取り合いながら生き長らえていました。その宇宙の辺境の星、「貧乏星(プラネット・スラム)」と呼ばれる小さな惑星で、二人の少年が「一攫千金」のネタを耳にします。それが『ヘザイア』、ハルコ創作時間軸の一番最後の物語です。

そのネタの舞台であるヘザイア、とはこれまた辺境の星系の小さな惑星で、そこで取れる水晶「ヘザイア・クリスタル」が様々な分野で非常に有益であることから、 高値で取引され、それが空前の「クリスタル・ラッシュ」を引き起こしているというのです。二人の少年、ガストンとアクセルのアイザック兄弟は蔑まれ続けた故郷に錦を飾ろうと、クリスタル・ラッシュの波に乗って大宇宙へと飛び出します。

しかし、そのヘザイア・クリスタルは実はとんでもない代物であることが徐々に明らかになっていきます。産地であるヘザイアはかつて人間が核で破壊した「地球」であり、「平行世界」の住人達が面白がって地球の組成に手を加えた、いわば天然の「シャーレ」と化していて、ヘザイア・クリスタルは人体はおろか「この世界」の自然法則すら変えてしまう力を持っていたのです。

(「上のひとたち」と「下のひとたち」はまだ気長に「間のページ」の領地争いをしてたんですね、悠長なもんですわ。ちなみにヘザイア・クリスタルが完成した暁には「間の世界」は「上の世界」と「下の世界」に融合されて消滅してしまいます。その融合の配分をめぐって争ってんだから相当喧嘩が好きな自分勝手と見えますまったくもう。)

「ヘザイア」がまだ「地球」と呼ばれていた頃に細々と紡がれてきた、魔法や魔術はとうの昔に廃れてしまいました。さあそこからどうしよう。…を、まだ決めてません!ガストンとアクセルが駆けずり回って「友情・勝利・努力」でどうにかこうにかするというなんかそういう感じの話になるつもりですがつもりはつもり。

 

ここまで二万年ほどになりますでしょうか、飽きずに呼んでくださったみなさんは、「この世界」にどういう結末をあげたいですかね?

 

ハルコ創作ネタバレ三編、おつきあいくださりありがとうございました。今のペースで書いてたらこれを全て形にできる頃には末期の水でも飲んでそうです(最後に登場した『ヘザイア』が嫌になるほどプロット長いんです、多分『鬼の子』超えます。その前に片付けなければならないことがありすぎる気がします)。

まあ気長に、このブログでネタバレしながら、のんびりやってければなと改めて思いました。二万年て。長すぎるわ。

 

そんな感じで!よし!一個タスク終えた!次はなんだ!

やる気、元気、勇気、猪木!

 

それでは!

創作ネタバレ現代編

前回↓の続きで、創作世界観を「魔法」の観点から考察していきます。今回は現代編。

 

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といっても現代編ではもう「魔法」は存在しておらず「科学」に取って代わられます。誰かの名言でありました、「科学のような魔法を。魔法のような科学を!」そんな感じですね。

そして現代編で「科学」と並んでキーワードになってくるのが「平行世界」の考え方です。

 

平行世界は、パラレルワールドという言葉でよく知られているソレです。それの説明として自分の中でも最もしっくりきているのが漫画『パタリロ!』の中で語られていたそれ。うろ覚えで丸パクりさせていただくと、

「この世は多彩な『世界』が幾重にも重なった巨大な本でできていると考えてください。そのうちの一頁が、我々が住んでいる『世界』です。その隣の頁はたとえばあなたの靴下の色だけが違う『世界』が広がっており、またその隣の頁は靴下とネクタイの色が違う『世界』が広がっている…。ゆえに近隣の頁では世界法則に大きな差異はないけれど、離れれば離れるほどとんでもない世界が広がっている。世に言う異世界転生モノ、というのはこの遠く離れた世界に何かの拍子にワープしてしまうことを指すのでしょう。」

これをほとんど丸パクりしたのがハルコ創作での「平行世界」です。

ただし、お隣のページが必ずしも我々の世界と近似の法則で成り立っている世界だとは考えないのがハルコ創作です。ヒトの世界と隣り合っているのは「上のひとたち」の世界と「下のひとたち」の世界。我々が魔法と呼んでいるのは世界法則が異なるこの「上のひとたち」や「下のひとたち」が当たり前のように使っている能力またはその「残り香」のことです。

 

たとえば、『桃太郎』。これは現代に入れるかどうか微妙なところの16世紀~17世紀くらいの日本、つまり『桃太郎』というお伽噺が生まれたとされる安土桃山時代~江戸時代を想定し、さらに桃太郎の出自として若干中国の『西遊記』の世界観をミックスしているお話です。

桃から生まれた桃太郎。なんで桃やねん。なんで鬼退治するねん。お前なんでやねん。

っていう素朴な疑問が始まりで、ヒトが生まれるような不思議な桃はどこに生えている?→桃源郷?→そういや『西遊記』で石に封じられる前の孫悟空が天上界で、一口かじるごとに寿命が千年ずつ(だったかな?)伸びていく仙桃を食い散らかすシーンがあったな。→そんな桃が生えてるならヒトが生まれる不思議な桃が生えててもおかしくないな。→よし、出身地は天上界、鬼退治は天帝から下された天命ってことにしよう、決定!、っていうヌルいノリで桃太郎のプロフィールが決まりました。

といってこれは此岸における魔法ではなく、「下界」があって「天上界」がある、つまりパラレルワールドの考え方に当てはまるな、というかんじ。天上界に済む生き物、我々が呼ぶところの「カミ」は我々とは違う世界法則の中で生きてるから羽衣で飛んでみたり雲に乗ってみたりが当たり前なだけなんだと。だから「下界」に生きるヒトたちは「魔法」を使うことはできません。生きる法則が違う「天上人」が「下界」にやってきて鬼を造ってみたり桃太郎をどんぶらこっこさせてみたりするお話です。

この「天上人」が「上のひとたち」、「下界の者ども」が我々です。

 

また、『アケミの姐さん』のお話は「下界」「天上界」のみならず「魔界」も出てくる現代の日本を舞台にした陰陽師ファンタジー。これはもう日本とかそういうもんじゃなくて、「上のページ」「下のページ」で飽き足らなくなった「上のひとたち」と「下の人たち」が我々人間が住む「間のページ」で陣地取り合戦をし始めたので、世界中のエクソシスト達が必死に防衛するというお話です。

「上のひとたち」は羽が生えてたりやたらとキラキラ雅やかだったりしたので天使だの天女だの妖精だのといった「善きモノ」として呼ばれてきた一方、「下のひとたち」は一見容姿が醜悪だったりやたらと匂ったりいたずら好きだったりしたので妖怪だの悪魔だのといった「悪しきモノ」として呼ばれてきました。が、聖書や古事記や伝説やお伽噺を読んでわかるとおり、妖精が必ず良いことをするとは限らず、妖怪が必ず人間に害をなすとは限りません。

「上の世界」と「下の世界」のごく一部の極進派達が勝手に戦争をおっぱじめて上・中・下の世界のひとびとの多くが困ってる。そこで「アッシのシマでなにやっとんじゃい」と立ち上がるのがアケミの姐さんなんですね。

(ちなみにアケミの姐さんの正体は神代の時代からおわします八咫烏で、「下のページ」出身です。姐さんとなった今では神様仏様妖怪様の総元締めですからね。めちゃツヨです。)

 

では、なぜこの平行世界の行き来が可能なのでしょう?それは『東京魔窟伝』で明らかになります。

有り体に言っちゃえば、「紙魚」のせいです。紙魚は本に巣くい紙を食べる虫ですが、平行世界を本にたとえるのならば世界というページに穴を開けちゃう虫くらいいるだろうと安直に考えました。『桃太郎』や『アケミ』で見られるように我々の世界には多くの「ヒトならざるもの」が自由に出入りしているようです。それはこの近接する三ページの世界が、たとえるなら読みかけの漫画にチョコレートのかすや米粒を挟んだままほったらかしにしてたらくっついちゃって取れなくなった、そんな感じで「くっついちゃってる」状態だから紙魚も紙を食い放題、人も上のひとたちも下のひとたちも出入りし放題なわけです。

(人間もよく神隠しに遭ったりUFOに攫われては帰ってきたり地獄往きにされたりするじゃないですか、あれです、あれ。あと空から局地的に魚が大量に降ってくるファフロツキー現象とかね。)

『魔窟伝』は『アケミ』と同じく現代日本を舞台にしていますが、主人公の竜司は冒頭から紙魚が『世界』という書物に開けた特大且つ一方通行の穴に落っこちて、現代日本に似ているけれど全然世界法則が異なる世界に飛んでしまう、いわゆる異世界転生ってやつをしてしまい、不思議な力を手にすることになります。

『魔窟伝』の世界で特徴的なのは、中二病を患ったことのある人なら誰でも憧れる、「自分だけの異形の相棒」を、一般市民が割と簡単に手に入れることができる点です。これは竜司が落っこちた「紙魚の穴」が格別に古く且つ紙魚が現在も頻繁に通過する要所である事に起因します。

昔々から『魔窟伝』の世界のひとたちは、「向こう側からやってくる人びと」を受け入れ、共存してきました。『魔窟伝』の世界で科学が発展するとともに、そうした「向こう側からやってきた人びと」が同じ「地球」という惑星に居住していたこと、ある日突然「こちら側」に来た点が共通していることなどを発見し、「向こう側からやってきた人びと」をあらゆる面から研究したところ、共通して特異的な身体的特徴があることを突き止め、長い年月をかけて今では商業利用できるまでに普及させたのです。

そうしてタトゥーを彫るように、「人生でこの手術は一回こっきり。一生の付き合いになるけれども貴方だけの特別な相棒を手に入れることができますよ、」という謳い文句で炎だの風だの獣だのといった精霊を人間の手中に収めるようになりました。まさに「魔法のような科学を!」ですね。

この辺の倫理だとか是非だとかはHPに載せてるボツにしたプロットになんとなく書いてあるのでそちらもご参照ください(めちゃくちゃダイマ

 

さて次回は未来編です。

話なげーよ!ごめんなさい!

創作ネタバレ古代編

Twitterで、「お宅の魔法の原理は何?」みたいな話題を見かけたのでハルコ創作における魔法や仙術について、各創作ごとに考察してみました。

そういうことは今まで出し惜しみしていたけど、どうせ創作家なんて頭の中のことを表に出さなきゃ「創作家」じゃないんだから、どういう形であれ外に出しちゃえっ!てなって今この記事を書いています。私の無数の(サイトやTwitterに載せてないの含め)創作世界の紹介というか世界観の設定というか、そういうの一回ここで纏めてみます。

 

ぶっちゃけうちの創作は全部「ファンタジー」なので、大なり小なり一本の時間軸の中で話ができます。

 

一番古いのが昨日上げた神話と人の世の端境期の世界『傾城の十八夜』。『鬼の子』で登場する「西風」はここの時代で初登場させることにしました。「私たちの世界」でいうところの世界最古の四大文明が起こった紀元前ウン千年って時代のお話です。

サミレフとヘイダルの王国はナイル川流域に築かれたエジプト王朝がモデルで、「ペル・アア」つまり「ファラオ」を『神』に頂く『神を捨てた国』。シャラームの祖国はまだ神との親交がある『神と生きる国』。そこに祀られ市井に生きていたのが「サバー」つまり西風で、それを攻め滅ぼそうとするヘイダルは『神殺し』になるわけです。

 

その次に古いお話は『鬼の子』。「神」がこの世から身を引いた後、「神」の残り香である、西洋で言うところの魔法、東洋で言うところの仙術がまだ人の手で触れることのできる世界です。これは中国の殷王朝から春秋戦国時代くらいをぎゅっと濃縮した感じで想定している。紀元前16世紀~3世紀くらいのお話だから、まだまだ武器は未発達、仙人達が仙術を使うのが(隠されているとはいえ)当たり前であった時代です。

このお話で鍵になってくる「西風」はもともとはゼフィアという名前の、彼自身の創作世界を持たない個のキャラクターでした。森羅というお付きのキャラがいることは決まってましたがキャラクターの意思がどうにも固まらないので、えーいいいやゼフィアも主人公の白寿も紅い髪の毛って設定だからこの二人を因縁の敵キャラにして、森羅は森羅万象の化身にしちゃえーっと『鬼の子』に組み込まれた次第です。

ゼフィア、というのはギリシャ神話の神様の名前で、西から吹いてくるそよ風、という意味があります。ゼフィアの出自は名前に則って描いてあげたかったですがちょっとねじ曲がった形で『鬼の子』に描かれているのでぜひ読んでみてね!(あからさまなダイマ)

 

その次の時代は甲冑アンソロでも登場したチューリップちゃんの『ヰルヤツヌ騎士国』を含む『ノルマンディを往け!』。これはそのまま史実にも残ってるノルマン・コンクエストを題材にしておりまして、紀元11世紀ごろのヨーロッパを舞台にしています。「私たちの世界」とは進化の過程がちょっと違うということで、人間の他にも獣人やエルフやドワーフ、果ては甲冑そのものという生命体が闊歩する世界です。

この頃には「神の御技」の影響もほとんど薄まって、魔法を使えるのは「ヰルヤツヌ騎士国」の騎士のみです。騎士国といっても彼らだけの王国が築かれていたり領土があったりするわけではなく、「魔法が使える騎士の派遣会社」みたいな存在で生き長らえてきました。

というのも、この甲冑王国の騎士達はみなどちらかというと獣人に近く、ひらたく言えば甲殻類の一種です。エビとかカニとかオウムガイのイメージです。それが進化の過程でどういう作用があったのかはわかりませんが、たまたま陸に上がって、そこで多く生息していた二つ足の生き物つまり原始のヒトや獣人たちに擬態して、世に言う甲冑という形で収まったということです。生涯に一つの甲冑しかまといませんし、成長すれば紋様が浮かんできますし、ある程度の傷ならば回復してしまいます。エルフの国の魔王とあだ名されるヴォルフリートさんのように長生きすればその甲殻すらはげ落ちてあんな魔王みたいな姿になるってわけですね。

彼らは王国は持ちませんが唯一本能的に帰る場所があります。それは昔々に海に沈んでいたのが隆起し露出した山岳地帯の一角で、「騎士達の墓地」と呼ばれる場所です。あるいは寿命を全うし、あるいは戦乱で命を落とした甲冑達の亡骸はここへ運ばれ、埋葬され、長い年月をかけ圧縮されて再び特殊な岩石となって地表へ露出します。これを騎士達の間にのみ伝わる技法で甲冑の形に形成し、父と母が卵胞を産み付けると、甲冑としての息吹を吹き込まれるわけです。しかしべらぼうなご長寿ぶりとめんどくさい生殖の仕方、またあまたの戦乱によって個体数は激減、命ある甲冑の宿代を造る技術も失われ、チューリップはあるいは最後の魔法騎士になるとも言われ、密かに騎士国最後の王子として過保護に育てられている次第です。

そうした背景を持つ数少ない「騎士」を安全に生き長らえさせる方法が、豊富な知識と希少な魔法を売りにして他国に召し抱えられる、『騎士』としての生き方だったのです。

 

 

…なんかむっちゃ長くなりそうなので次の記事に引っ張りますワ。

次回、現代編。

『傾城の十八夜』

なんとはなしに練習絵で褐色肌を描いたらおもいっきりはまってしまったのでなんか短編でも描きたくなってきた所存です、こんばんは。

 

 

『傾城の十八夜』

※男色・不適切表現あります。

 

 

主人公のサミレフは大河のほとりに築かれた大国〈メネス=イブン=ケメト〉の皇子だが、ペル・アア(=王の称号)が気まぐれに見初めた町娘を母に持つ、王位継承権は68位くらいの権力争いとは無縁の少年。しかし数年前の祭りの際ペル・アアが彼の美しさに目を留め、実の息子ながらサミレフ、「宵の楽しみ」という意味の女名を与え、ハレムに「イクバル(幸運な者、つまり「王のお手つき」)」として迎え入れた。

 

 

市井のそばでほとんど普通の少年として育っていたサミレフにとってハレムでのイクバルとしての生活は耐えがたいものだった。そこに現れたのが、隣の小国からやってきたロシャナクである。

シャナクはなんと、同盟の証としてこの国の皇子と政略結婚させられそうになっていた双子の妹を助けるため、家族にも秘密で妹に化けこの国に潜り込んだのだという。ロシャナクは妹の名、本名をシャラームといい、隣国の第一皇子であった。

(※シャラームとロシャナクの両親は、「雄羊の王」として兄が国を豊かにするよう、また「ともし火」として妹が兄の道しるべとなるよう、二人が支え合いながら国を築いていくよう願い名をつけた。

しかしロシャナクはひそかに近衛兵の青年と恋仲になっており、これを機会に駆け落ちしている。両親はシャラームがロシャナクの付き添いで国境付近まで見送りに行っていると思っており、また〈ケメト〉側はロシャナクが独りで嫁入りに来ると認識していてこの駆け落ちが成功するに至った。その仕掛け人はもちろんシャラームである。)

 

 

シャラームがそもそもなぜ妹に化け、自分の国を危険に晒し、愛する家族に嘘をついてまでも〈ケメト〉に潜入したかといえば、ひとえに自分の国を守るためそのものであった。

妹ロシャナクが嫁入りする予定であった相手は、サミレフのように美貌をペル・アアに愛され「タラーイェフ(黄金の光)」という女名を頂きハレム入りしたものの今や並み居る女達を差し置いて「バシュ・カドゥン(主席夫人)」の座まで上り詰めた、第6皇子ヘイダルあった。

(※主席夫人と言ってもあくまでも「ハレムでの主席」に過ぎず、ペル・アアの正式な妻は他にごまんと居る。また、ヘイダルは「獅子」の意。)

ヘイダルはペル・アアの摂政のような存在になっており、その果断に富む性格から、「ヘイダル・アル・タラーイェフ(黄金に輝くヘイダル)」と民からも崇拝の対象になっている。しかしその裏の顔は残虐非道、ひとたび戦場へ赴けば、その歩いた後には屍が道を作ると言われるほど狡猾な男であった。ヘイダルはお座なりの同盟さえ手に入れば後は難癖を付けてかの国を滅ぼしても構わないと考えていた。

シャラームは、そのヘイダルを失脚、あわよくば暗殺しようと画策していたのである。

(※小国の運命を担う同盟の重要な鍵であるロシャナクが駆け落ち。この事の重大さをシャラームは誰よりもわかっている。わかっているからこそ、来る混乱、待ち受ける戦乱に備え、小国の血を絶やしてはならぬとシャラームは決断した。ロシャナクはもちろん最後まで反対したが、シャラームは妹に眠り薬を盛り小国の未来を近衛兵に託したのだ。)

そこでシャラームが目を付けたのがヘイダルと同じ境遇、つまり王の息子でありながら王の愛妾としてハレムに入ったサミレフである。ヘイダルは「王の女」であるにはいささか年齢を重ね過ぎ、また権力を持ちすぎている。そこへ対抗馬としてまだ若さ瑞々しく王位を脅かさない程度に血の薄いサミレフを擁立、ヘイダルの台頭をねたむ他のハレムの女達や王位継承権を持つ皇子達を取り込んで内部紛争を起こそうという狙いなのだ。

シャラームはサミレフに問う。「君の本当の名前はなんだ?」と。

「君は『宵の楽しみ』のままで良いのかい?昼でもなければ、夜でもない。月は移ろい、星も瞬かない。宵はすぐに過ぎてしまうよ。

「僕は『雄羊の王』。王国を守るためなら何でもするさ。」

勝負はその日から数えて十八日間。ヘイダルがシャラームの祖国へ侵攻するまでのカウントダウンである。美しき男達の闘いが今、始まる。

 

 

…みたいな。

 

ね!(?!)

 

好きなんですよこういう政治戦がね。アラビア語ペルシャ語の使い方間違えてたらごめんなさい。

主人公サミレフじゃなくてシャラームじゃないかって?いいえ違いますハルコ創作ではこういう片足棺桶に突っ込んでるようなやる気なし男/女が主人公なんです。いかにこいつらが発憤するかを考えるのが楽しいんです。どうやって追い詰めたら生きる気力を持つのか。何をモチベーションにしたらそのキャラクターが自分のアイデンティティを持てるのか。

『鬼の子』しかり『魔窟伝』しかり『桃太郎』しかり主人公が周りに流されてばっかやな!なんでや!好きだからや!

ちなみにサミレフの本名まだ考えてません。〈ケメト〉の現王様、つまりヘイダルとサミレフのパパンが無能ってくらいしかわかりません。

 

とても楽しいです。まだ序章にもなってませんね、世界観設定ですこんなもんね。サミレフ頑張れ!男になるんだ!(考えるのは俺だ!なんてこった!

 

参照:

The Persian Names

The Arab Names

ハレム - Wikipedia